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パスワード管理アプリは安全?ゼロ知識暗号化の仕組み

2026年6月11日|いろは堂テック編集部
Crypto Passwords & Security

画像出典: 写真: Edwin.images(CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons)

この記事の要点
主要なパスワード管理アプリは「ゼロ知識暗号化」を採用しており、データは手元の端末で暗号化されてからサーバーへ送られるため、運営会社もマスターパスワードなしには中身を読めません。安全性を決めるのはサービス側よりも、長いマスターパスワードと多要素認証という利用者側の設定です。過去の漏洩事例でも、暗号化されたデータが盗まれた後の被害の分かれ目はそこにありました。
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全部のパスワードを1つのアプリに入れるって、そこが破られたら終わりじゃない?

ひとつの入れ物にまとめることへの不安は、直感としてはもっともです。金庫を1つにするか、現金をあちこちに分けて置くか、という話に似ています。

ただ、パスワード管理アプリの中身は「保管されている」というより「中身を運営会社すら読めない形に変えて預けている」と言ったほうが実態に近いです。なぜ運営会社にも読めないのか、そしてどこが破られると本当に危ないのか——ここを押さえると、使うかどうかを自分で判断できるようになります。

パスワード管理アプリは、パスワードをどう保管しているのか?

まず前提をそろえます。多くの人がイメージするのは「会社のサーバーにパスワード一覧が置いてあり、ログインすると見せてもらえる」という形でしょう。実際の作りはこれとは違います。

暗号化はあなたの端末の中で完了しています。スマホやPCの中で、マスターパスワードから作られた鍵を使ってデータをぐちゃぐちゃに変換し、その変換済みのかたまりだけをサーバーへ送ります。サーバーに届く時点で、すでに読めないデータです。

この設計をゼロ知識アーキテクチャ(サービス提供者が預かったデータの中身を知りえない構造)と呼びます。1Passwordは、データは端末上で暗号化されてからサーバーに送信され、同社自身もマスターパスワードなしには復号できないと公式に説明しています。Bitwardenも同様に、暗号化・ハッシュ化は端末上で完結し、同社はマスターパスワードや鍵にアクセスできないとしています。

🤔
でも、会社が「読めません」って言ってるだけじゃないの?

ゼロ知識設計の中身は、公開されている技術仕様で確かめられます。どんな暗号化方式を使い、マスターパスワードからどうやって鍵を作るのかまで、両社とも公式ヘルプで明示しています。

項目1PasswordBitwarden
暗号化方式AES-GCM-256AES-CBC-256
鍵導出関数PBKDF2-HMAC-SHA256PBKDF2-SHA256 / Argon2id
追加保護要素128bit Secret KeyHMAC-SHA256完全性検証
アーキテクチャゼロ知識ゼロ知識

1PasswordBitwardenの公表データをもとに作成

上の表で注目してほしいのは鍵導出関数の行です。あなたが覚えているマスターパスワードは、そのまま鍵になるわけではありません。PBKDF2やArgon2idという計算をわざと大量に繰り返して、そこから暗号鍵を作ります。1回の変換にあえて時間をかけることで、攻撃者が「候補を片っ端から試す」やり方の効率を落とす仕組みです。

1Passwordはさらに、マスターパスワードに加えて128ビットのSecret Key(アカウント作成時に発行される端末側の長い鍵)を組み合わせます。認証にはパスワード自体を送信しないSRPというプロトコルを使うため、パスワードそのものがネットワークを流れません。

マスターパスワードが破られたらどうなる?

ここが本題です。ゼロ知識設計は、サービス側が漏洩したときの保険にはなりますが、あなたのマスターパスワードが弱い場合の保険にはなりません

実際に起きた事例で確認しましょう。2022年8月25日、LastPassは開発環境への不正アクセスを検知したと発表しました。当初は「顧客データ・暗号化ボルトへのアクセスの証拠はない」としていましたが、後の調査で、攻撃者が社内エンジニアの個人PCを侵害して内部の鍵情報を奪い、一部利用者のパスワードボルト(保管庫)のバックアップが盗まれていたことが判明しています。

盗まれたボルトは、各利用者のマスターパスワードで暗号化されたままでした。つまり中身はすぐには読めません。ただし攻撃者は、そのデータを手元に置いてオフラインで無制限に解読を試せる状態になりました。ネット越しなら「何回か間違えたらロック」で止められますが、手元のデータには回数制限がかかりません。

ここが正直な弱点です

この構図で被害の有無を分けるのは、マスターパスワードの強さです。短い・他サービスと使い回している・多要素認証を設定していない、のいずれかに当てはまる人は、暗号化されていても時間をかければ解かれうる側に立つことになります。逆に、長く固有のマスターパスワードを設定していた人にとっては、暗号化されたままのデータは実質的に読めない塊のままです。

だからこそ、パスワード管理アプリの安全性の話は「どのアプリが強いか」よりも「マスターパスワードをどう決めるか」のほうが比重が大きくなります。

マスターパスワードはどう決めればいい?

NIST(米国立標準技術研究所)のSP 800-63Bは、パスワードマネージャーを使う際に、記憶しやすく長いマスターパスフレーズを選び、それを守ることを推奨しています。ポイントは「複雑な記号の羅列」ではなく長さである点です。

IPAも、パスワードは「できるだけ長く」「複雑に」「使い回さない」ことを一貫して推奨しています。マスターパスワード1本だけは、この条件を全部満たすものを自分で作る必要があります。

マスターパスワードの条件
  • 他のどのサービスでも使っていない、完全に固有のもの
  • 単語をいくつかつないだ長いフレーズ(覚えられる長さ優先)
  • 誕生日・家族の名前・ペットの名前など、調べればわかる情報を含めない
  • 忘れたときの復旧手段を、アプリを使い始める前に確認しておく

ここで一つ注意があります。マスターパスワードはゼロ知識設計の性質上、忘れると運営会社にも復旧できません。「問い合わせれば何とかなる」が通用しない唯一のパスワードです。紙に書いて自宅の引き出しに保管する、といった物理的な控えは、ネット経由の攻撃には晒されないため現実的な手段になります。

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紙に書くの、逆に危なくない?

守る相手が誰かで答えが変わります。ネット越しの攻撃者は自宅の引き出しに手が届きません。一方で同居人や来訪者にパスワードを知られたくない事情がある人には向かない方法です。自分が想定している脅威に合わせて選んでください。

多要素認証は何を防いでくれる?

マスターパスワードが何らかの形で漏れた場合の二枚目の壁が、多要素認証です。パスワードに加えて、SMSやアプリで生成される使い捨ての番号などを求める仕組みを指します。

NISCとIPAが公開している「サイバーセキュリティ対策9か条」でも、多要素認証(二段階認証)の活用は独立した項目として挙げられています。フィッシング対策協議会の「利用者向けフィッシング詐欺対策ガイドライン 2026年度版」(2026年6月1日公表)も、ID・パスワードのみでは不十分として、SMS認証やワンタイムパスワードなどの多要素認証の活用を推奨しています。

パスワード管理アプリでは、これをアプリ自体のログインに設定します。優先順位としては、マスターパスワードを長くすることの次、他の細かい設定より先です。

安全に使い始めるには、何から手をつける?

最初から全サービスのパスワードを移し替えようとすると、たいてい途中で止まります。壊れやすい順から段階的に進めるほうが現実的です。

  1. マスターパスワードを先に決めるアプリを入れる前に、前章の条件を満たすフレーズを紙に書いて用意します。焦って弱いものを設定すると、後から全体をやり直すことになります。
  2. アプリを入れ、多要素認証をその場で有効にする「あとで設定する」が最も多い抜け漏れです。初回設定の流れの中で済ませてしまいます。
  3. メールアカウントのパスワードから登録するメールは他サービスのパスワード再発行先になるため、破られたときの影響が最も広い場所です。ここを最初に強いパスワードへ変更して登録します。
  4. 使い回しているサービスを洗い出して置き換える同じパスワードを複数で使っている分は、1つ漏れると連鎖します。多くのアプリに使い回し検出機能があるので、指摘されたものから順に新しいパスワードへ変えていきます。
  5. 残りは使うたびに登録する一気に移行しなくて構いません。ログインする機会が来たサービスから登録していけば、数週間で日常使いの分は揃います。

この順番の意味は、被害が大きい場所から先に守るという一点にあります。全部終わらないと効果が出ない作業ではありません。

それでもパスワード管理アプリを使わないほうがいい人は?

向いていないケースもあります

長いマスターパスワードを覚える、あるいは控えを安全に保管する、という運用が難しい方には向きません。忘れた時点で中身を取り出せなくなるためです。この場合は、ブラウザやOSに標準で備わるパスワード保存機能に留め、端末のロックと自動更新を確実にするほうが現実的な守りになります。

また、家族と1台の端末を共有していて画面ロックをかけていない環境では、アプリの強度以前に手元から中身が見えてしまいます。まず端末のロックを設定するのが先です。

近年はIPAも、パスワードそのものを使わないパスキー(端末の生体認証などでログインする方式)を推奨に加えています。対応サービスはまだ限られますが、対応しているサービスから切り替えていけば、覚えるべきパスワードの数自体を減らしていけます。パスワード管理アプリの多くはパスキーの保管にも対応が進んでいるため、どちらか一方を選ぶという話ではありません。

最後にもう一度まとめます。パスワード管理アプリの中身は、運営会社にも読めない形で預けられています。それでも危険が残るのは、マスターパスワードが弱い場合と多要素認証を設定していない場合です。この2点さえ押さえれば、パスワードを使い回している今の状態より安全側に動きます。まずはマスターパスワードを1つ決めるところから始めてみてください。

よくある質問

パスワード管理アプリの運営会社は、預けたパスワードを見られますか?

1PasswordやBitwardenが採用するゼロ知識アーキテクチャでは、データは利用者の端末上で暗号化されてからサーバーへ送信されるため、運営会社はマスターパスワードなしに中身を復号できません。両社とも公式ヘルプでこの点を明示しています。

マスターパスワードを忘れたら、パスワードは取り出せますか?

原則として取り出せません。ゼロ知識設計では運営会社も復号鍵を持たないため、マスターパスワードを失うと保管庫の中身も失われます。使い始める前に、各サービスが用意する復旧手段の有無を確認し、マスターパスワードの控えを安全な場所に保管しておく必要があります。

パスワード管理サービスから情報が漏洩した事例はありますか?

2022年8月にLastPassが開発環境への不正アクセスを公表し、後の調査で一部利用者の暗号化されたパスワード保管庫のバックアップが窃取されていたことが判明しました。データは各利用者のマスターパスワードで暗号化された状態でしたが、攻撃者がオフラインで解析を試みられる状況になったため、弱いマスターパスワードの利用者にはリスクが残りました。

パスワード管理アプリを入れれば、他のセキュリティ対策は不要になりますか?

不要にはなりません。NISCとIPAの「サイバーセキュリティ対策9か条」は、OS・ソフトウェアの最新化、多要素認証の活用、画面ロック、詐欺メールへの警戒などを並行して挙げています。パスワード管理アプリはこのうち「パスワードを長く複雑にし使い回さない」を実行しやすくする道具であり、他の項目を置き換えるものではありません。

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